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大阪でも梅雨が明け、クマゼミが朝からけたたましく鳴く季節となりました。彼らはかなり早起きでだいたい5時ごろから大合唱を始めるので、ゆっくり寝ていられません。私の起きる時間に合わせて泣き出してくれればいい目覚ましなのにと思ってしまいます。

しかし、すでにシンガポール南洋工大学では昆虫にAI(人工知能)を付けて、電子回路によって筋肉を刺激し無線で昆虫の飛行を制御する実験が始まっているようです。災害時にがれきの間に入って被害者を発見するといった応用方法が考えられているようです。

昆虫では動物実験の倫理規約の制約を受けないためにこのような研究が可能なのですが、いずれは人間を含めた動物の頭脳や動きを支配する技術が生まれる可能性もあると指摘しています。たとえば、脳死と判定された患者をAIによってよみがえらせるなどと言った技術が生まれる可能性もあります。

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憲法13条は、個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重をうたっています。もし仮に、人がプログラムしたAIによってよみがえった人間が生まれたならば、こうした権利はどのように扱われるのでしょうか。

この条文の内容については、人格的権利説と一般的自由説の2つの説が対立しています。前者によれば13条前段の個人を「理性・道徳を備えた人格的自立な存在」ととらえ、後段の幸福追求権はそのような存在であるために必要な権利・自由のみを保障の対象とします。後者は、個人を人格的な存在とはとらえず、他者を害さない限りすべての自由が保護対象であると主張します。

前者の立場をとると、人がプログラムしたAIが「自律的な存在」と言えるかどうかが難しく、後者の立場をとればAIのプログラムが自己の肉体の保存のために何をしてもよいのかと言った問題が浮かび上がります。

すなわち、人間の行動により近づけるようなAIを開発しようとすれば人はどう生きるべきかという倫理の問題に突き当たることになります。

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人格的権利説、一般的自由説の2説の対立はもちろん決してAIが生まれてきたから生じたものではありません。人工知能を開発する前に、人類は倫理についての議論を深めておく必要がありそうです。

日本国憲法
第13条 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本経済新聞 7月24日(月)付 朝刊より
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ11HFW_R10C17A7MM8000/